チベットから未来を思うために
馬を中心に龍・虎・獅子・ガルーダ鳥を描いた幸運をもたらすシンボル「ルンタ」と、それが描かれた祈りの旗「タルチョ」、そして仏塔「チョルテン」。チベットへ向かい旅をし、それらが見えた時、私はかの地にやって来たことを実感する。タルチョやチョルテンは、そこにチベット人が住んでいる、あるいは、そこが彼らにとって聖地であることを明示するけれど、自と他を区分する境界を示す標識ではないようだ。
チベット人たちは、中国とインドという大きな文化圏の間にあって、それぞれの文化の影響を受けつつ、自分たちの住む高原の風土に根ざした文化を創造してきた。ルンタやタルチョ、チョルテンはその一例だ。今、私の目の前にあるチベット語文献の数々は、そうした文化を築いてきた人々の、思いの詰まった百科事典だ。英雄叙事詩のページをめくる。ユーモアに富み、荒唐無稽でありながら、そこから発せられる無数の無名の人たちの声は、生命のリズムとなり、やがて一筋の甘露となって私に流れ込む。チベットの文化は、いろいろなことを気付かせてくれ、私をおおいに成長させてくれた。
チベットというものを理解しきることは、外国人である私にとって不可能なことだと思う。でも、不可能だとわかっているからこそ、かの地とそこに住む人々を中心にした輪の中で様々なことを思ってゆきたい。まだそこから学ぶべきものは山と積まれている。学ぶため、思うため、そのためには、これ以上かの地で血が流されてはいけない。そこに住む人々に、痛みが強要されてはならない。そして、そこに住む人々、世界のあらゆる人々と私たちが、互いに思い合い、尊重しあい、共に自律し幸せを営む未来が生起させられなければならない。
そのために、独りよがりかもしれないが、何かできることを考えつつ。
三宅伸一郎(大谷大学講師)
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