Archive for 4月, 2008

目撃者は語る:Radio Free Asia ウェブサイトより

チベット自治区ラサからの電話、4月23日。 私たちはいま地獄にいます。食料品を買いにでかけるの時だって、ラサ市の発行している登録証と住民登録証との二つの身分証明書を携帯しかくてはいけません。5月末まではラサから出てはいけないと命令されています。そしてダライ・ラマ法王を批判するように強要されています。店舗や住宅を借りている人間は、その場所で分裂主義者との関係するものが見つかったり抗議活動をする者が見つかったら即刻逮捕して処罰すると脅されています。これがいまのチベットの地獄です。 四川省カルゼからの電話、、4月23日。 今日の午後1時ころカルゼのタウン・センターで二人の尼僧が抗議活動をしました。ブモ・ルガさん、32歳と、ソナム・デチェンさん30歳との二人です。彼女たちはカルゼにあるダカル尼僧院からやってきました。彼女たちはダライ・ラマ法王をチベットに戻して欲しいという要求とチベットは独立国家であると書いたチラシを配りはじめたのです。中国人の警備員がそのチラシをみて、回収しはじめ、誰が配っているのかを追究しました、その時尼僧たちは、道の角のところで、ダライ・ラマの帰還とチベット人への自由を呼び掛けて、叫んでいましたので、彼女たちはすぐに捕まってしまい、警察車両で連行されていきました。連行されながらも彼女たちは叫んでいました。彼女たちはカルゼ拘留所へと連れていかれたのですが、そこに拘留されているのか、どこか別のところに連れていかれたのか誰も分かりません。尼僧たちのチラシには、この活動は自分たちの意志であって、ダルカル尼僧院とはこの抗議活動は無関係であると書いて有りました。 カルゼ公安当局は「尼僧を逮捕してはいないし、その話は知らない」と語っている。 Original Article

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チベットから未来を思うために

 馬を中心に龍・虎・獅子・ガルーダ鳥を描いた幸運をもたらすシンボル「ルンタ」と、それが描かれた祈りの旗「タルチョ」、そして仏塔「チョルテン」。チベットへ向かい旅をし、それらが見えた時、私はかの地にやって来たことを実感する。タルチョやチョルテンは、そこにチベット人が住んでいる、あるいは、そこが彼らにとって聖地であることを明示するけれど、自と他を区分する境界を示す標識ではないようだ。  チベット人たちは、中国とインドという大きな文化圏の間にあって、それぞれの文化の影響を受けつつ、自分たちの住む高原の風土に根ざした文化を創造してきた。ルンタやタルチョ、チョルテンはその一例だ。今、私の目の前にあるチベット語文献の数々は、そうした文化を築いてきた人々の、思いの詰まった百科事典だ。英雄叙事詩のページをめくる。ユーモアに富み、荒唐無稽でありながら、そこから発せられる無数の無名の人たちの声は、生命のリズムとなり、やがて一筋の甘露となって私に流れ込む。チベットの文化は、いろいろなことを気付かせてくれ、私をおおいに成長させてくれた。  チベットというものを理解しきることは、外国人である私にとって不可能なことだと思う。でも、不可能だとわかっているからこそ、かの地とそこに住む人々を中心にした輪の中で様々なことを思ってゆきたい。まだそこから学ぶべきものは山と積まれている。学ぶため、思うため、そのためには、これ以上かの地で血が流されてはいけない。そこに住む人々に、痛みが強要されてはならない。そして、そこに住む人々、世界のあらゆる人々と私たちが、互いに思い合い、尊重しあい、共に自律し幸せを営む未来が生起させられなければならない。  そのために、独りよがりかもしれないが、何かできることを考えつつ。 三宅伸一郎(大谷大学講師)

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墓地における沈黙

私は、平和を維持するためには必ず二つの原則に基づいていないといけないと思っています。それは民主主義と社会的正義にほかなりません。もしそれらが存在しないのなら、たとえ無言であっても、そこに平和はありません。 民主的ではない政府が作り出す沈黙は、墓地における沈黙に等しいものです。それはいずれは崩壊を迎え、混沌に終止してしまうものです。そしてこれは私たちがもとめているものではありません。 シリン・エバディ氏によるメッセージ『広島国際平和会議2006公式議事録』 amazon.co.jpより

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