変化はあなたの心からはじまります。

私たちによく似たチベットの人たちがいま死んでいます。

 

彼らはいままではこれも自分の業の深さだと信じ、結構遠慮がちに住んでいました。

富士山の上くらいの高さのその土地はもともと彼らの土地でしたが、

いまは別の巨大な国と一緒になってしまったからです。

 

最近彼らのなかで若者たちが昔の旗をふって、涙ながらに叫んでしまいました。

それから彼らは毎日、夜が怖くて眠れない日々が続いています。

なぜならば、夜になると捕まえられて、どこかに連れて行かれるからです。

 

彼らの王国がなくなって、もう50年も経っています

でも彼らには国よりももっと大切な人がいます。

それがダライ・ラマです。

 

ダライ・ラマは観音菩薩の代わりに彼らの世界にやってきた人です。

いつも他者のために生きることが自分の人生の意味だと教えています。

いまは遠く引き離されていますが、いつもチベットの人たちはダライ・ラマを信じています。

 

チベットにつづているこの苦しみはいつ終わるのでしょうか。

彼らはいつまで前世の業である罰を受けなければいけないのでしょうか。

 

きっといつかはチベットの人々がいた痕跡は全部なくなってしまうんでしょうね。

でも来世を信じるチベットの人々にとってそんな未来は悲しすぎます。

 

私たちの日本はチベットと同じ仏教国で、世界有数の経済大国です。

そんな日本にチベットの人たちに期待されています。

 

でも日本は戦争犯罪国として中国にいつも責められてばかりです。

だからいままで他の国と同じようにずっとチベットのことは傍観してきたんです。

 

でもこの先も、罪のない人が更にどんどん死ぬのを知らないふりをするのでしょうか。

もうチベットの人々に苦しみが続くのを終わらせてあげたくないですか。

私たちにできること、それはまず私たちのためにある
私たちの日本政府に願いを伝えることです

公開書簡に署名する

チベットから未来を思うために

 馬を中心に龍・虎・獅子・ガルーダ鳥を描いた幸運をもたらすシンボル「ルンタ」と、それが描かれた祈りの旗「タルチョ」、そして仏塔「チョルテン」。チベットへ向かい旅をし、それらが見えた時、私はかの地にやって来たことを実感する。タルチョやチョルテンは、そこにチベット人が住んでいる、あるいは、そこが彼らにとって聖地であることを明示するけれど、自と他を区分する境界を示す標識ではないようだ。

 チベット人たちは、中国とインドという大きな文化圏の間にあって、それぞれの文化の影響を受けつつ、自分たちの住む高原の風土に根ざした文化を創造してきた。ルンタやタルチョ、チョルテンはその一例だ。今、私の目の前にあるチベット語文献の数々は、そうした文化を築いてきた人々の、思いの詰まった百科事典だ。英雄叙事詩のページをめくる。ユーモアに富み、荒唐無稽でありながら、そこから発せられる無数の無名の人たちの声は、生命のリズムとなり、やがて一筋の甘露となって私に流れ込む。チベットの文化は、いろいろなことを気付かせてくれ、私をおおいに成長させてくれた。

 チベットというものを理解しきることは、外国人である私にとって不可能なことだと思う。でも、不可能だとわかっているからこそ、かの地とそこに住む人々を中心にした輪の中で様々なことを思ってゆきたい。まだそこから学ぶべきものは山と積まれている。学ぶため、思うため、そのためには、これ以上かの地で血が流されてはいけない。そこに住む人々に、痛みが強要されてはならない。そして、そこに住む人々、世界のあらゆる人々と私たちが、互いに思い合い、尊重しあい、共に自律し幸せを営む未来が生起させられなければならない。

 そのために、独りよがりかもしれないが、何かできることを考えつつ。

三宅伸一郎(大谷大学講師)

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墓地における沈黙

私は、平和を維持するためには必ず二つの原則に基づいていないといけないと思っています。それは民主主義と社会的正義にほかなりません。もしそれらが存在しないのなら、たとえ無言であっても、そこに平和はありません。

民主的ではない政府が作り出す沈黙は、墓地における沈黙に等しいものです。それはいずれは崩壊を迎え、混沌に終止してしまうものです。そしてこれは私たちがもとめているものではありません。

シリン・エバディ氏によるメッセージ『広島国際平和会議2006公式議事録』 amazon.co.jpより

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正義と平和

会場からの質問
ーーーー平和を実現するために「正義」は本当に必要なのでしょうか。

ベティ・ウィリアムズ
ーーーー「正義」のためでなければ「平和」のための活動はあり得ません。「平和」のためでなければ「正義」の活動はあり得ません。両者は相即不離の関係にあるのです。従いまして、私たちの心の中に「正義」と慈悲が共になければ、「平和」を実現することはできません。

ベティ・ウィリアムズ『広島国際平和会議2006公式議事録』 amazon.co.jpより

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